今日は峰山に「春」が来たお話です。

ヒロシマナガサキ
友人に宛てたメールの書き起こしレビューです。
弱冠ちぐはぐな所も在るかと思いますが、お許しを。
*一部ネタバレを含みますので、ご了承ください。
この映画は見るべきです。しかし、相当の覚悟が無ければ見てはいけません。そう思う。
前に書きためておいたもののなかのひとつです。下のは。
存在証明(アイデンティティー)というのは、「わたしはこういうもの」の「こういう」所の証明。
どの形成は時に息苦しくて、大変。
うまくいかないことばかりで、何を見るべきなのかがわからなくなります。
”人間はかく在らねばならぬのか?”
有名ですね。安部公房。
その問いを、自分なりの答えとして、常に求め続けたいなあ。
私という一個の存在物は、いったい何を求めているのだろうか。
いったい私は、何を求めているのだろう?
無いものばかりを求めることは、いつも自分を嫉妬と憎悪と絶望という醜いものに染めるのに、求めているものはいつもそんなものしかないの。
ほんとは、もっともっともっともっと近くにあるのに、気づくべきだったのに、そうしていつも失ってしまってからわかる。
ああ、泣けてきた。
存在証明(アイデンティティー)というのは、「わたしはこういうもの」の「こういう」所の証明。
どの形成は時に息苦しくて、大変。
うまくいかないことばかりで、何を見るべきなのかがわからなくなります。
”人間はかく在らねばならぬのか?”
有名ですね。安部公房。
その問いを、自分なりの答えとして、常に求め続けたいなあ。
私という一個の存在物は、いったい何を求めているのだろうか。
いったい私は、何を求めているのだろう?
無いものばかりを求めることは、いつも自分を嫉妬と憎悪と絶望という醜いものに染めるのに、求めているものはいつもそんなものしかないの。
ほんとは、もっともっともっともっと近くにあるのに、気づくべきだったのに、そうしていつも失ってしまってからわかる。
ああ、泣けてきた。
苦しみと欲望。
やるせない孤独。
焦り。不安。絶望。
どれもいらない。
存在証明なんていらない。
存在証明なんて、くそくらえ。
やるせない孤独。
焦り。不安。絶望。
どれもいらない。
存在証明なんていらない。
存在証明なんて、くそくらえ。
こんにちは。
今日も暑かったですね。曇りだと思っていたのに・・・。
一日中外にいたため、顔が真っ赤。
今年は絶対やけないようにと頑張ってきたのにいいいいいっ。
ここまできて。
嗚呼。哀しい。
靴下やけがひどい。外歩けねえよこれもうほんと。
不覚っ・・・!orz
最近、周りがなんだか妙に幸せムードです。
「おまえ、凄いな〜」「幸せって感じだね〜」「いいなあ」しか言っていない気がする。
羨ましいくらいいい子なのよ。皆。
まあ私は私でゆっくり歩けばいいのだけれど。
今日も暑かったですね。曇りだと思っていたのに・・・。
一日中外にいたため、顔が真っ赤。
今年は絶対やけないようにと頑張ってきたのにいいいいいっ。
ここまできて。
嗚呼。哀しい。
靴下やけがひどい。外歩けねえよこれもうほんと。
不覚っ・・・!orz
最近、周りがなんだか妙に幸せムードです。
「おまえ、凄いな〜」「幸せって感じだね〜」「いいなあ」しか言っていない気がする。
羨ましいくらいいい子なのよ。皆。
まあ私は私でゆっくり歩けばいいのだけれど。
巷でバトンが流行っているらしいので。いちブログをやっているモノとしてこれはやはり経験しておこうかと・・・!
ということで「いい男バトン」(ちょっとまて)。
http://ameblo.jp/peapea/theme5-10003221372.html
Q1:「○○ちゃん決めて」といつも優柔不断な人より、少し強引な男がいい。
そうだね。自分が即断即決派だからね。強引な方がいいねえ。
Q2:マメにメールや電話をしてくる人より、ちょっとそっけないくらいの男がいい。
あんまりメールもしないし、電話も苦手なのでこっちが疲れるかもね。寡黙な人の方が好きですね。
Q3:女友達の少ない人より、たくさん女友達のいる男がいい。
どっちでも。
Q4:頑張り屋・努力家より、どちらかというと要領のいい天才肌の男がいい。
どうだろうね。でも尊敬できる人であればどうでもいいかな。でも大抵堅実で努力家な人の方が人間的にいいと思う。
Q5:お酒は飲めない人より、飲める男がいい。
いや、どっちでも。
Q6:たばこを吸う人より、吸わない人の方がいい。
自分の前で吸わないでくれるなら別に・・・。でもやっぱり吸わない方がいい。
Q7:おとなしい人より、飲み会では必ず盛り上げ役の、ノリのいい男がいい。
ノリのいい男は好きじゃありません(基本天邪鬼)。
Q8:料理や掃除をまめにやってくれる人より、亭主関白な男がいい。
でも料理や掃除もしてくれるのならそれはそれで親切で尊敬できるよね。
Q9:お世辞上手な人より、正直で多少口下手くらいの男がいい。
お世辞ばかり言う人の言葉はどこか胡散臭いし能弁らしく隙が無いのがわかるので苦手です。墓穴掘るよりは寡黙なほうがいいね。
Q10:女の人に家庭的であることを求める人より、お互いが独立している関係を望む男がいい。
互いにプライベートを尊重できる関係っていいね。
Q11:「外見なんて関係ない」と言う人より、多少女性の容姿やファッションにうるさい男のほうがいい。
多少はね。あれこれ言ってもらわないと干物女になるからね(笑)
Q12:常に自分の前で格好良くふるまう人より、多少格好悪くても自然な姿を見せてくれる男がいい。
格好ばかり気にする人を私は好きになれません。そこには必ず「うぬぼれ」があるから。
Q13:キレイな王子様タイプの人より、ワイルドで男らしい人がいい。
綺麗で男らしい人っていいよね。王子様って・・・同性にもてるんだろうなあと考えてどきどきするかなあ(失言)。
Q14:ごめんと素直に謝ってくれる人より、照れて素直に謝れない男が可愛い。
可愛いと思う場面ってなんか・・・想像出来ないのでここはやはり素直な人の方がいいかもね。
でも、いい男の条件ってやっぱりなんだかんだで違ってきちゃうものでね。相手に求めているというよりも、「自分が男だったらこうでありたい」気持ちが強いかもね。
身近にいい男が少ないです。
増やすためにも、自分ももっといい女になりたいなあと思います。
ということで「いい男バトン」(ちょっとまて)。
http://ameblo.jp/peapea/theme5-10003221372.html
Q1:「○○ちゃん決めて」といつも優柔不断な人より、少し強引な男がいい。
そうだね。自分が即断即決派だからね。強引な方がいいねえ。
Q2:マメにメールや電話をしてくる人より、ちょっとそっけないくらいの男がいい。
あんまりメールもしないし、電話も苦手なのでこっちが疲れるかもね。寡黙な人の方が好きですね。
Q3:女友達の少ない人より、たくさん女友達のいる男がいい。
どっちでも。
Q4:頑張り屋・努力家より、どちらかというと要領のいい天才肌の男がいい。
どうだろうね。でも尊敬できる人であればどうでもいいかな。でも大抵堅実で努力家な人の方が人間的にいいと思う。
Q5:お酒は飲めない人より、飲める男がいい。
いや、どっちでも。
Q6:たばこを吸う人より、吸わない人の方がいい。
自分の前で吸わないでくれるなら別に・・・。でもやっぱり吸わない方がいい。
Q7:おとなしい人より、飲み会では必ず盛り上げ役の、ノリのいい男がいい。
ノリのいい男は好きじゃありません(基本天邪鬼)。
Q8:料理や掃除をまめにやってくれる人より、亭主関白な男がいい。
でも料理や掃除もしてくれるのならそれはそれで親切で尊敬できるよね。
Q9:お世辞上手な人より、正直で多少口下手くらいの男がいい。
お世辞ばかり言う人の言葉はどこか胡散臭いし能弁らしく隙が無いのがわかるので苦手です。墓穴掘るよりは寡黙なほうがいいね。
Q10:女の人に家庭的であることを求める人より、お互いが独立している関係を望む男がいい。
互いにプライベートを尊重できる関係っていいね。
Q11:「外見なんて関係ない」と言う人より、多少女性の容姿やファッションにうるさい男のほうがいい。
多少はね。あれこれ言ってもらわないと干物女になるからね(笑)
Q12:常に自分の前で格好良くふるまう人より、多少格好悪くても自然な姿を見せてくれる男がいい。
格好ばかり気にする人を私は好きになれません。そこには必ず「うぬぼれ」があるから。
Q13:キレイな王子様タイプの人より、ワイルドで男らしい人がいい。
綺麗で男らしい人っていいよね。王子様って・・・同性にもてるんだろうなあと考えてどきどきするかなあ(失言)。
Q14:ごめんと素直に謝ってくれる人より、照れて素直に謝れない男が可愛い。
可愛いと思う場面ってなんか・・・想像出来ないのでここはやはり素直な人の方がいいかもね。
でも、いい男の条件ってやっぱりなんだかんだで違ってきちゃうものでね。相手に求めているというよりも、「自分が男だったらこうでありたい」気持ちが強いかもね。
身近にいい男が少ないです。
増やすためにも、自分ももっといい女になりたいなあと思います。
今日はスカッとした感じの映画をみました。
ワルボロ

小2のころから勉強一筋のがり勉君が、”南3中”の長であり幼馴染とのけんかをきっかけに不良に走ると言う・・・。青春物語。
終始喧嘩シーンばかりですが、スカッとさせられましたー。
何故中学設定なのかが謎・・・。明らかに人材といい高校生以上な気がしなくもない。いや、しかしここはテニプリ(笑)並みにご愛嬌ということか。
いやいやそれは兎角。
つっぱねて、不良やって、親に迷惑かけて、それでも手に入れたかったものってなんだろう。そんな感じ。
そういうことを悶々考えている。しかし考えるだけじゃ半端モン。
今しか出来ないことをやれている感じにすごいいいなあと・・・。
漫画からの映像化らしい展開ですね。こういう娯楽もたまにはいいかもねん(暗いのを見過ぎなんだなあ)。
やっくん役の福士誠治さん。めちゃめちゃかっこいいんですけどおっ・・・!
はい、いつもの浮気性。
でもでも。男らしい人って感じの顔立ちですよね。すっきりしてて、綺麗ですよねえ。
松田龍平さんも好きなので、きっと綺麗で男って感じの人が好みなのかもね。
女顔はダメね。ジャニーズ系とかホントダメね。苦手。
なんか「同性にモテそうだな」と思ってドキドキしてる(笑
誠治くん。チェックだな(笑)
ワルボロオフィシャルサイト
福士誠治公式サイト
ワルボロ

小2のころから勉強一筋のがり勉君が、”南3中”の長であり幼馴染とのけんかをきっかけに不良に走ると言う・・・。青春物語。
終始喧嘩シーンばかりですが、スカッとさせられましたー。
何故中学設定なのかが謎・・・。明らかに人材といい高校生以上な気がしなくもない。いや、しかしここはテニプリ(笑)並みにご愛嬌ということか。
いやいやそれは兎角。
つっぱねて、不良やって、親に迷惑かけて、それでも手に入れたかったものってなんだろう。そんな感じ。
そういうことを悶々考えている。しかし考えるだけじゃ半端モン。
今しか出来ないことをやれている感じにすごいいいなあと・・・。
漫画からの映像化らしい展開ですね。こういう娯楽もたまにはいいかもねん(暗いのを見過ぎなんだなあ)。
やっくん役の福士誠治さん。めちゃめちゃかっこいいんですけどおっ・・・!
はい、いつもの浮気性。
でもでも。男らしい人って感じの顔立ちですよね。すっきりしてて、綺麗ですよねえ。
松田龍平さんも好きなので、きっと綺麗で男って感じの人が好みなのかもね。
女顔はダメね。ジャニーズ系とかホントダメね。苦手。
なんか「同性にモテそうだな」と思ってドキドキしてる(笑
誠治くん。チェックだな(笑)
ワルボロオフィシャルサイト
福士誠治公式サイト
6日、3大テノールの一人ルチアーノ・パバロッティ氏が亡くなりました。
オペラ歌手の中では最も尊敬していた方だったので、本当に残念です。・・・一生に一度、彼の演奏を生で聴いてみたかった・・・。
最近話題に上った方だったので、新聞で見たときはもう、悔しいというか悲しいというか。
ご冥福を御祈り申し上げます。
http://news.goo.ne.jp/article/sponichi/entertainment/kfuln20070907006006.html?C=S
身近に死を感じることが多い気がします。
私の小学生時代の同級生が、私が中2のとき白血病で亡くなりました。
もっと若い時に、自身の肉親を亡くした同級生もいます。
・・・そういう知らせを、毎回母から聞かされる度に私は考えました。
「死ってどういうことなのかなあ」と。
今まで当たり前にいた人間が、もういなくなるという事実。それが死という現実。
祖父が危篤状態に陥った時も、危ないとは知りつつ「死」というものの実感がありませんでした。
現に今生きている彼を知っている。
もしかしたら「生きていること」が当たり前だと根拠もなく思い込んでいたのかもしれません。
ということは、やはり「死」とは既成した後に無理矢理認識せざるを得ない存在、ということなのでしょうか。
死んで初めて理解するもの。
それは極限まで至らなくては理解し得ないもの。
ということなのでしょうか。
実際は、死を完全に理解することはできない。それは自身が「死ぬ」ことだから。
私は間接的に、他人の「死」を見ているだけに過ぎず、漠然としている。
何故死が怖いと思うのか。それは死を”未来に起こるであろうことの痛み”として恐れるから。
ある小説(うるおぼえなので・・・)の死刑確定囚が言った言葉の部分書きを引用しました。
死は「未来」であり、私たちはまだ起こりえないその「苦しみや痛み」を想像して、そうして恐れる。だから死ぬことが恐い。
死を身近に感じることは、貴重だ。「死」について考えさせられる機会は大いにこしたことはない。
平気でヒトに、「死ねばいいのに」とは絶対言えなくなるから。
「死ぬ」ということがどういうことなのかを、理解しようとすればするほど、
「死ね」なんてことを他人に吐くことが、どんなに愚かで恥ずかしいことかを知らしめてくれるから。
オペラ歌手の中では最も尊敬していた方だったので、本当に残念です。・・・一生に一度、彼の演奏を生で聴いてみたかった・・・。
最近話題に上った方だったので、新聞で見たときはもう、悔しいというか悲しいというか。
ご冥福を御祈り申し上げます。
http://news.goo.ne.jp/article/sponichi/entertainment/kfuln20070907006006.html?C=S
身近に死を感じることが多い気がします。
私の小学生時代の同級生が、私が中2のとき白血病で亡くなりました。
もっと若い時に、自身の肉親を亡くした同級生もいます。
・・・そういう知らせを、毎回母から聞かされる度に私は考えました。
「死ってどういうことなのかなあ」と。
今まで当たり前にいた人間が、もういなくなるという事実。それが死という現実。
祖父が危篤状態に陥った時も、危ないとは知りつつ「死」というものの実感がありませんでした。
現に今生きている彼を知っている。
もしかしたら「生きていること」が当たり前だと根拠もなく思い込んでいたのかもしれません。
ということは、やはり「死」とは既成した後に無理矢理認識せざるを得ない存在、ということなのでしょうか。
死んで初めて理解するもの。
それは極限まで至らなくては理解し得ないもの。
ということなのでしょうか。
実際は、死を完全に理解することはできない。それは自身が「死ぬ」ことだから。
私は間接的に、他人の「死」を見ているだけに過ぎず、漠然としている。
何故死が怖いと思うのか。それは死を”未来に起こるであろうことの痛み”として恐れるから。
ある小説(うるおぼえなので・・・)の死刑確定囚が言った言葉の部分書きを引用しました。
死は「未来」であり、私たちはまだ起こりえないその「苦しみや痛み」を想像して、そうして恐れる。だから死ぬことが恐い。
死を身近に感じることは、貴重だ。「死」について考えさせられる機会は大いにこしたことはない。
平気でヒトに、「死ねばいいのに」とは絶対言えなくなるから。
「死ぬ」ということがどういうことなのかを、理解しようとすればするほど、
「死ね」なんてことを他人に吐くことが、どんなに愚かで恥ずかしいことかを知らしめてくれるから。
テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体




